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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)2595号 判決 1975年12月22日

原告 東井松吉

被告 四条畷農業協同組合

引受参加人 樽井ミネ 外二名

主文

一、原告に対し、別紙物件目録記載の各不動産につき、

1、被告は、大阪法務局古市出張所昭和三八年五月二四日受付第三六一五号をもつてなされた所有権移転請求権保全の仮登記ならびに同法務局同出張所昭和三八年八月二〇日受付第六〇八九号をもつてなされた所有権移転登記の各抹消登記手続

2、引受参加人三名は、同法務局同出張所昭和四二年八月二四日受付第一二三八二号をもつてなされた所有権移転請求権仮登記ならびに同法務局同出張所昭和四三年二月二三日受付第二四二七号をもつてなされた所有権移転登記の各抹消登記手続

3、引受参加人樽井広満、同西戸芳一は、同法務局同出張所昭和四二年六月三〇日受付第九三三九号をもつてなされた所有権移転請求権移転登記の抹消登記手続

をせよ。

二、訴訟費用中参加により生じた費用は引受参加人らの負担とし、その余の費用は被告および引受参加人らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1、主文一項と同趣旨。

2、訴訟費用は被告および引受参加人らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する被告および引受参加人らの答弁

1、原告の請求を棄却する。

2、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1、原告は昭和三八年五月二四日、訴外有田真空株式会社より別紙物件目録(一)、(四)各記載の山林の所有権を、訴外近畿不動産株式会社より同目録(二)、(三)、(五)各記載の山林の所有権を譲り受け、現に別紙物件目録記載の各不動産(以下本件各不動産という)を所有しているものであるが右の各不動産についてつぎのような登記がなされている。

(一)、大阪法務局古市出張所昭和三八年五月二四日受付第三六一五号をもつてなされた同日付代物弁済予約を原因とし、被告を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記。

(二)、右仮登記に基づき同法務局同出張所昭和三八年八月二〇日受付第六〇八九号をもつてなされた同年八月一五日付代物弁済を原因とし、被告を取得者とする所有権移転登記。

(三)、同法務局同出張所昭和四二年八月二四日受付第一二三八二号をもつてなされた同月二二日付売買予約を原因とし、引受参加人三名を権利者とする所有権移転請求権仮登記。

(四)、同法務局同出張所昭和四三年二月二三日受付第二四二七号をもつてなされた同月二二日売買を原因とし、引受参加人三名を共有者とする所有権移転登記。

(五)、同法務局同出張所昭和三九年一二月八日受付第一二二九二号をもつてなされた同年五月一二日付売買予約を原因とし、訴外袖山清を権利者とする所有権移転請求権保全の仮登記。

(六)、昭和四二年六月三〇日受付第九三三九号をもつてなされた同月二七日譲渡を原因とし、引受参加人樽井広満、同西戸芳一両名を権利者とする所有権移転請求権移転の付記登記。

2、しかし、右の各登記は、その登記原因事実がいずれも存在しないから、実体上の権利関係に合致しない無効のものである。仮りに右(三)ないし(六)項の各登記について、その登記原因事実が存在するとしても、右(一)、(二)項の各登記原因事実が欠缺している以上、右(三)ないし(六)項の各登記もまた無効である。

3、よつて原告は本件各不動産に対する所有権に基づき被告および引受参加人らに対し、右の1(一)ないし(四)、(六)の各登記の抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する被告および引受参加人らの認否並びに抗弁

1、認否

(一)、請求原因1項の事実中、原告がその主張のとおり、本件各不動産の所有権を取得したこと、本件各不動産につき原告主張の(一)ないし(六)の各登記がなされていることは認めるが、本件各不動産が現に原告の所有に属することは否認する。

(二)、同2項の事実は否認する。

2、抗弁

(一)、被告は、昭和三八年三月末頃、訴外井上紀江に対して貸金元本金五、〇〇〇万円およびこれに対する利息並びに損害金九〇〇万円以上合計五、九〇〇万円の債権を有していたが、同年五月二四日訴外井上との間に、右貸金元本五、〇〇〇万円を目的としその弁済期を同年六月二九日と定め、利息は日歩三銭、遅延損害金は日歩五銭と約して消費貸借契約を締結し、その際原告は被告に対し、担保として原告所有の本件各不動産と、柏原市旭ケ丘二丁目八六九番の土地(以下単に八六九番の土地という)の計六筆の土地(以下単に本件六筆の土地という)につき被告のため抵当権の設定を約するとともに、訴外井上が、右五〇〇〇万円の債務の履行を怠つた場合には、被告に対し同債務の弁済に代えて本件六筆の土地所有権を譲渡する旨の代物弁済予約を締結し同年五月二四日その旨の抵当権設定登記と、代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

ところが、訴外井上は右期日を経過しても債務の履行をしなかつたので、被告は同年八月一五日、原告に対し代物弁済予約完結の意思表示をしたのち、本件六筆の土地につき同月二〇日受付をもつて原告から所有権移転登記手続を受けた。

(二)、かりに右の主張が認められないとしても、原告は昭和三八年一〇月一一日本件六筆の土地に対する前項記載の代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約の効力を争い、被告を相手方として大阪地方裁判所に訴を提記し、同庁昭和三八年(ワ)第四二七六号所有権移転無効確認、所有権移転登記抹消登記手続等請求事件として係属し、本件六筆の土地所有権の帰属をめぐつて争訟中昭和三九年五月一二日、右訴訟の当事者である原被告間に、原告は前記八六九番の土地一筆を、原告名義に所有権移転登記を経由し、被告は原告に五〇〇万円を交付し、爾余の本件各不動産を被告の所有に帰属させることにしてその間の紛争を止めることを内容とする和解契約が成立し、被告は右和解契約に基づいて同日一五〇万円、同年六月二日、三五〇万円を原告に交付し、ついで同月四日八六九番の土地につき原告名義に所有権移転登記手続を了することにより本件各不動産は被告の所有に帰属した。

(三)、引受参加人樽井ミネ、同樽井広満、同西戸芳一は、昭和四三年二月二二日本件各不動産を被告から買受けて、その所有権を取得したもので、現に右引受人ら三名の共有に属する。

三、抗弁に対する原告の認否および再抗弁

1、認否

(一)、抗弁第一項の事実は否認する。原告は、被告から訴外井上に対して現実に五、〇〇〇万円の金員の授受がなされ、消費貸借契約が締結されたことを前提として、右契約に基づいて井上が被告に対して負担する債務を担保する目的で、被告との間に抵当権設定契約並びに代物弁済予約を締結したものであり、井上の既存債務元金五〇〇〇万円につき、被告との間にその主張の準消費貸借契約を締結したものではない。その事情の詳細はつぎのとおりである。

井上は昭和三三年一一月ごろ、当時被告組合の参事で貸付係主任の地位にある訴外村川政市に旧財閥三井家の血縁者と称して接近し、同人を欺罔して被告より不正に融資を受けるに至つたが、その頃村川も井上の欺罔行為に気付きながら回収の見込みが全くないのに井上と意を通じ、その経営する香紀堂(衣料品雑貨の販売)の事業援助などの名目で同人に不正融資を継続していたところ、昭和三八年四月大阪府農林部による定期検査の際、右不正融資の事実が明らかとなり、府農林部は被告に警告を発し、担保をとるなどの回収策を指示し、村川、井上はこれに腐心していたが依然として不正融資が続けられ、その元本額は五〇〇〇万円に達した。右のような状況のもとにおいて、井上はたまたま原告が本件六筆の土地を所有していることを聞知し、被告と意を通じて右物件を井上の被告に対して負担する右既存債務の担保に提供させようと考え、原告に対し、自分は三井家の血縁者であり、被告組合員でかつ組合理事の地位にあると称し、被告からの融資の話を持ちかけた。そこで原告は、本件六筆の土地を担保に供するときは、被告から新たに五〇〇〇万円の金融を受け得るものと信じ、昭和三八年四月二日井上、村川の指示するままに、振出人井上紀江名義、額面五九〇〇万円の約束手形(乙第八号証)に保証人として署名し、債権者を井上紀江、債務者兼担保提供者を原告とする公正証書(乙第二号証)を作成し、ついで同年五月二四日森安司法書士事務所において第一番抵当権設定金銭借用契約証書(乙第六号証)を作成し、右書面に「担保提供者東井松吉」と記載し、森安司法書士が原告の実印を使用して何枚かの用紙に捺印し、原告に印鑑証明書を数枚交付させて、抵当権設定登記と代物弁済予約の仮登記がなされた。かくして原告は被告から、井上を通じ、五、〇〇〇万円の融資を受け得るものと信じて担保を提供したが、被告からは井上に三、五〇〇万円の融資があり、井上はそのうち原告に二、〇二〇万円を交付したに過ぎず、原告は昭和三八年八月終ころに至つて始めて被告と井上との間に以前から不正融資があり、その額が五、九〇〇万円に達していたことを知らされ、同年九月中ころ大阪府警捜査二課に実情を話すため出向いた際、本件六筆の土地が被告の井上に対する不正融資の穴埋めのために利用されたことを知つたのである。その間原告は井上、村川両名から、昭和三八年八月初めごろ、大阪府の監査が終るまで本件六筆の土地につき本登記をして欲しいと懇請され、監査は二週間位で終る予定であるので、終れば所有名義を原告に戻し、残額二、八〇〇万円を融資するとの申出があつたので、被告から所有名義を原告に戻すのに必要な被告名義の委任状二通(甲第一四、第一五号証)印鑑証明書一通(甲第一三号証)資格証明書一通(甲第一二号証)の各交付を受けて、被告に対し代物弁済予約に基づく本登記をなすことを承諾した。

(二)、同第二項の事実中原告が被告を相手方とし、その主張する訴訟を提起したこと、昭和三九年六月四日、八六九番の土地につき被告から所有権移転登記手続を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)、同第(三)項の事実は知らない。

2、再抗弁

かりに被告主張の代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約の成立が認められるとしても、被告の井上に対する元金五〇〇〇万円の貸付は、被告組合の貸付係主任の地位にある村川が、非組合員である井上に対し、農業協同組合財務処理基準令第六条により被告に認められた組合員外に対する組合資金の貸付限度額を超えてなされたいわゆる員外貸付けにかかり無効であり、井上の被告に対する既存債務は存在しなかつたのであるから、右既存債務を目的とする原被告間の代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約はその効力を生じなかつたものである。

四、再抗弁に対する被告らの認否および再々抗弁

1、認否

再抗弁事実中、井上が非組合員であることは認めるが、その余の事実は否認する。農業協同組合法に定める非組合員との金融取引行為の制限は、銀行等一般的金融機関との間の均衡を考慮したことに基づくものであり、その目的は役員等に対する取締的措置によつて達成すべきであつて、取引行為自体の効力を奪うことにより不正な受益者を利する結果となることは避けるべきであるし、かつまた、農業協同組合の目的が組合員相互の利益を図ることにあるとしても、組合の行為能力をこれに限定することは法人の本質に適さない。

2、再々抗弁

(一)、かりに右の主張が認められないとしても、井上は被告に対し、当時五、〇〇〇万円相当額を不当利得として返還すべき債務を負担していたものであり、原告と被告との間に締結された前記代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約は、右の債務をも担保するものと解されるから、被告の所有権取得の効果に何ら消長を来すものではない。

(二)、かりに被告と井上との間の準消費貸借契約が無効であるとしても、原告は昭和三八年四月ころ井上と共謀し、本件各不動産を担保に被告組合から多額の不正融資を受けることを画策し、井上および被告組合の職員である村川と協議のうえ、同年五月二四日被告から二、〇〇〇万円を借り受け、右金員により本件六筆の土地の所有権を取得し、井上が不正融資を受けるについて、右六筆の土地をその債務の担保に供したのである。しかるに原告はその意図に反し、満足な融資を得られなかつたがために代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約の無効を主張するに至つたもので、本件各不動産がその後被告から善意の第三者である引受参加人らに移転し、その共有に帰属している現在、被告の不正融資を理由に原告から被告に対する所有権移転の効力を否定することは、善意の第三者の権利を自己の非を理由に否定する結果を容認するに等しく、信義則に反するものといわなければならない。

五、再々抗弁に対する原告の認否

再々抗弁第一、二項の事実はすべて争う。

第三、証拠<省略>

理由

一、原告がその主張のとおり訴外近畿不動産株式会社等から本件各不動産の所有権を取得したことおよび本件各不動産につき原告主張の一、1、(一)ないし(六)の各登記が経由されていることはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、被告および引受参加人ら(以下単に被告らという)の抗弁について判断する。

1、原告作成部分については弁論の全趣旨によつて真正に成立したことが認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第三三号証、成立に争いのない同第二九号証の一ないし三、第五〇ないし第五四号証、乙第一、第二、第六号証、被告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したことが認められる同第五号証、振出日欄の部分については被告代表者本人尋問の結果により、その余の部分については成立に争いのない同第八号証、井上紀江作成部分については弁論の全趣旨によつて真正に成立したことが認められ、その余の原告作成部分については成立に争いのない同第一〇号証の四ないし六、原告(第一、二回の各一部)、被告代表者各本人尋問の結果を総合すると、つぎの(一)ないし(八)の各事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一ないし第三回)のうち右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)、訴外井上紀江は昭和三四年三月頃から衣料品雑貨類の販売業を経営していたが、その事業資金に困窮し、当時被告の貸付係を担当していた訴外村川政市と懇意であつたことから同人に依頼し、被告から継続的に自己の事業資金として金員を借受けた。その借受金額は次第に嵩んで、井上は昭和三八年四月ごろ現在で被告に対し借受元金五〇〇〇万円およびこれに対する利息九〇〇万円合計五九〇〇万円の債務を負担するにいたつた。

(二)、被告は、昭和三七年ごろから昭和三八年ごろにかけて大阪府農林部の監査を受け、その際井上に対する貸付額が漸増してゆくことから、同農林部より、その貸付債権担保のために不動産を取るべきことを求められたが、井上には担保として提供すべき不動産がなかつたため、村川は被告の貸付係として井上とともにその対策に腐心していた。

(三)、原告は昭和三八年三月初ごろ井上と知合つたが、当時訴外近畿不動産株式会社、同有田真空工業株式会社との間で本件六筆の土地所有権の帰属につき紛争を生じて係争中であり、これが紛争を解決して右各土地を買受けるには、その代金に充当すべき金員を他から借入れる必要に迫られていたところ、井上は、原告が右のような事情にあることを聞知するや、さらに被告から新たに金員を借受けてそのうち五〇〇〇万円を原告に貸付けるとともに、自己が被告に対し負担する債務の担保として原告から不動産を提供させようと考え、原告に対し今後右五〇〇〇万円の貸付をなすから、自己が被告に対して負担すべき右の新貸金債務と、すでに負担ずみの前記五〇〇〇万円の旧貸金債務とを担保するため、本件六筆の土地を提供すべきことを申入れて原告の承諾を得た。

(四)、かくて、原告は昭和三八年四月ごろ現在で井上に対しいまだなんらの借受金債務を負担していなかつたが、将来負担すべき五〇〇〇万円の借受金債務の履行を確保する目的をもつて、右五〇〇〇万円を同年四月末日限り井上方に持参して支払うべきこと等を内容とする公正証書の作成を公証人に嘱託してその旨の公正証書(乙第二号証)を作成せしめるとともに、他方被告に対する関係では、そのころ井上が被告に対して負担する前記元利金合計五九〇〇万円の支払のために振出した額面金額右と同額の約束手形一通(乙第八号証)に手形保証をした。

(五)、井上は、前記のとおり、原告から本件六筆の土地を担保として被告に提供すべき旨の承諾を得たので、昭和三八年四月初ころ被告に対してその旨を告げるとともに、引続いて自己に融資をなすべきことを申入れ、被告から同月九日五〇万円、同年五月一五日三〇万円、同月一六日二〇〇万円、同月二四日二〇〇〇万円、同日二〇万円合計二三〇〇万円を借受けた(なおその後も同年六月三日一〇〇万円、同月七日三〇万円、同月一三日三〇万円、同月二四日三五万円、同年七月一日三〇万円、同月一〇日二五万円、同月一三日二〇〇万円、同月二五日一五〇万円、同年八月一二日一〇〇万円、同月一五日五〇〇万円合計一二〇〇万円を借受けた)。

(六)、井上は同年五月二四日被告から借受けた右の二〇〇〇万円と二〇万円の合計二〇二〇万円を原告に貸付け(原告は前認定のとおり井上から五〇〇〇万円の貸付を受ける旨約定していたが、右二〇二〇万円の貸付を受けたのみである)、原告は直ちに右の二〇二〇万円をもつて近畿不動産株式会社等から本件六筆の土地を買受け、同日その旨の所有権移転登記手続を受けた。

(七)、右のとおり本件六筆の土地は原告の所有に帰属したので、井上は昭和三八年五月二四日被告に対し、同年四月ころまでの間に借受けた前記五〇〇〇万円と、その後新たに借受けた前記二三〇〇万円との合計七三〇〇万円のうち五〇〇〇万円を、利息日歩三銭、遅延損害金日歩五銭の定めで、同年六月二九日限り支払う旨約定し、その際原告は被告に対し、井上の右五〇〇〇万円の債務を担保するため本件六筆の土地について抵当権を設定する旨の契約を締結するとともに、井上が右債務の弁済を怠つた場合には、その弁済に代えて被告に本件六筆の土地所有権を譲渡する旨の代物弁済予約を締結し、同年五月二四日その旨の抵当権設定登記と所有権移転請求権保全仮登記を経由した。

(八)、しかし井上は弁済期である昭和三八年六月二九日を経過しても、五〇〇〇万円を支払うことができなかつたため、被告は同年八月一五日原告に対し右代物弁済予約を完結する旨の意思表示をなし、同月二〇日本件六筆の土地につき所有権移転登記手続を受けた。

2、右認定の事実によると、原告は、井上が被告から昭和三八年四月ころまでの間に借受けた五〇〇〇万円と、その後新たに借受けた二三〇〇万円の合計七三〇〇万円のうち五〇〇〇万円の債務を担保するため、同年五月二四日被告との間に本件六筆の土地について代物弁済予約を締結したが、井上の債務不履行のため同年八月一五日被告から右代物弁済予約の完結権を行使されたことが明らかである。

三、つぎに原告の再抗弁について判断する。

1、井上が被告組合の組合員でないことは当事者間に争いがないから、被告組合は非組合員である井上に金員の貸付をしていたものというべきである。

2、ところで、農業協同組合法一〇条によると、被告組合は組合員に対しその事業または生活に必要な資金の貸付等をなすことを主たる事業目的としていることが明らかであり、また成立に争いのない甲第二九号証の一および弁論の全趣旨によると、被告組合より非組合員に対して金員の貸付をなす場合には、農業協同組合財務処理基準令六条により、右貸付限度額は被告組合の自己資本額によつて規制され、昭和三五年四月一日現在においては約一二万三〇〇〇円、昭和三六年四月一日現在においては約一三万七〇〇〇円、昭和三七年四月一日現在においては約一五万四〇〇〇円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。

3、前認定の事実によると、井上が被告から昭和三八年四月ごろまでの間に借受けた前記五〇〇〇万円、同月九日に借受けた五〇万円、同年五月一五日に借受けた三〇万円、同月一六日に借受けた二〇〇万円以上合計五二八〇万円は、井上の経営にかかる衣料品雑貨類の販売業の事業資金として借用費消されたものであり、井上は同月二四日被告から二〇二〇万円を借受けた後直ちにこれを原告に貸与しているのであるが、原告に対する右金員の貸与は、井上が引続いて被告より自己の事業資金の融通を受けるための手段としてなされたものであつて(すなわち井上が引続いて被告より右融通を受けるためには、被告に対し本件六筆の土地を担保として提供すべきことを求められていたため、原告から右担保提供の承諾を得るべく、いわばその代償として原告に二〇二〇万円を貸与したものであつて原告に対する右金員の貸与もまた自己の事業資金捻出のためになされたものである)、結局井上は自己の事業のために被告より五〇〇〇万円と二三〇〇万円の合計七三〇〇万円を借受けたものというべきである。

なお成立に争いのない甲第二九号証の一および弁論の全趣旨によると井上の借受額の内訳は、少なくとも昭和三四年中においては現金で四七五万円、小切手で四六八万円合計九四三万円、昭和三五年から昭和三七年にかけては現金で八八〇万円、小切手で九四七万円合計一八二七万円であつたことが認められる。

4、そうすると、被告組合より井上に金員を貸付ける行為は非組合員に対しなされたものとしていわゆる員外貸付にあたるばかりでなく、被告組合の目的事業と全く関係のない井上個人の事業のために、被告組合所定の貸付限度額を遙かに超えてなされ、そのため被告組合に多大の損失を与え、ひいては被告組合の基礎を危くするものであり、また右貸付の当事者である被告組合と井上とはともに右の諸事情を知悉していたのであるから、右貸付は被告組合の目的範囲内に属しないものであつて無効であり、結局井上は被告組合に対して貸金債務を負担しなかつたものというべきである。従つて原告の再抗弁は理由がある。

四、そこで被告らの再々抗弁(一)、(二)について判断を進める。

1、被告らの再々抗弁(一)について

被告より井上に金員を貸付ける行為は右のとおり員外貸付に該当して無効であるが、被告と井上との間では現実に五〇〇〇万円と二三〇〇万円の合計七三〇〇万円の授受がなされていたのであるから、右貸付行為の無効により、被告は井上に対し同額の不当利得返還請求権を取得したことが明らかである。

しかし前認定の事実によると、昭和三八年五月二四日原、被告間で本件六筆の土地について締結された代物弁済予約は、被告の井上に対する貸金債権が有効に存在していることを前提としてなされたものというべきであり、貸付行為が無効の場合に生ずべき不当利得返還請求権をも担保する意思で締結された事実を認めるに足りる証拠はないから、右代物弁済予約は不当利得返還請求権を担保しないものといわざるをえない。被告らのこの点の再々抗弁は理由がない。

2、被告らの再々抗弁(二)について

前記二1の(三)ないし(六)認定の事実によると、原告は井上との間で、井上から五〇〇〇万円の貸付を受ける旨約定していたところ、その後井上から二〇二〇万円の貸付を受けたのみで、その余の二九八〇万円の貸付を受けていないことが明らかである。しかし、原告が、被告ら主張のように、原告の意図に反し五〇〇〇万円全額の貸付を受けえなかつたことのみを不服として、本訴で代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約の無効を主張するにいたつた事実については、これを認めるに足る証拠がなく、また被告より井上に対してなされた貸付行為が前認定のとおりいわゆる員外貸付に該当して無効である以上、代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約も無効であるから、被告は代物弁済契約によつて本件各不動産の所有権を取得するいわれはなく、従つて被告がその主張のように引受参加人らに対し本件各不動産を売却する旨の契約を締結したとしても、被告が右のとおり無権利者である以上、引受参加人らが被告ら主張のように善意であると否とを問わず、被告から引受参加人らに対し本件各不動産の所有権が移転すべき理由はない。

結局、本件において、他に特段の事情が存することについて被告らより主張立証がないので、原告が代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約の無効を主張することをもつて、直ちに信義則に反して許されないものとなすに由なく、被告らのこの点の再々抗弁も採用できない。

五(1)、成立に争いのない甲第一六、第一九、第三四、第三六、第四〇号証、乙第三号証、丙第一号証、公証人作成部分については成立に争いがなく、その他の部分については原告本人尋問の結果(第二回)により成立が認められる甲第一七、第一八号証、原告作成部分については弁論の全趣旨によつて真正に成立していることが認められ、その他の部分については成立に争いのない同第三三号証、原告本人尋問の結果(第三回)により成立が認められる同第三五号証、証人柳本市造の証言、被告代表者、引受参加人西戸芳一、原告(第二、三回)各本人尋問の結果(ただし右原告本人尋問の結果については後記措信しない部分を除く)を総合すると、以下の諸事実が認められ、原告本人尋問の結果(第一ないし第三回)中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(一)、被告は前認定のとおり昭和三八年八月一五日原告に対し、本件各不動産五筆と、柏原市旭ケ丘二丁目八六九番の不動産一筆の計六筆の土地に対する代物弁済予約を完結し、同月二〇日右六筆の土地につき、原告から代物弁済を原因とする所有権移転登記手続を受けたが、その後原告は、原告もしくは井上が被告から五〇〇〇万円の貸付を受けうることを前提として右五〇〇〇万円の貸付債務を担保するために、被告との間で代物弁済予約を締結していたのにかかわらず、被告から二三〇〇万円の貸付を受けたにとどまり、残額二七〇〇万円については未交付であることを理由に代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約は無効である旨主張し、再三被告に対し、右代物弁済契約を原因としてなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求めていたが、被告においては原告の右主張事実を争い、原告の求める右抹消登記手続をなすことを応諾しなかつたため、原告は昭和三八年一〇月一一日被告を相手方として大阪地方裁判所に、右六筆の土地に対する所有権移転無効確認、所有権移転登記抹消登記手続等請求訴訟を提起し、右訴訟は同庁昭和三八年(ワ)第四二七六号事件として係属した(右訴訟が提起され同庁に係属した事実は当事者間に争いがない)。

(二)、右のとおり原告は被告を相手方として前記六筆の土地に対する所有権移転無効確認等の請求訴訟を提起し追行していたが、下方では、被告との間で前記のとおり本件六筆の土地について締結された代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約が有効であることを前提として、右六筆の土地を他に売却し、その売却代金を原、被告双方で互いに分配して代物弁済の清算をなすことを話し合い、示談が進められていた。

(三)、先ず原、被告は売主となり、昭和三九年二月一三日訴外三和不動産株式会社に対し、本件六筆の土地を代金七〇〇〇万円で売却する旨の契約を締結し、その際原、被告間で、右六筆の土地に対する前記代物弁済の清算として右売買代金を分配し、原告は三〇〇〇万円を、被告は四〇〇〇万円をそれぞれ取得する旨約定した。そして、原、被告はいずれも同日同会社から右売買契約に基づく手付金一〇〇万円ずつを受領したが、その後同会社において代金の支払をしなかつた。そこで原、被告はそれぞれ受領した右手付金の半額にあたる各五〇万円を同会社に返還して同会社と合意のうえ右売買契約を解除した。そのため原、被告間でなされた前記代物弁済の清算に関する約定も、その前提たる売買契約が右のとおり合意解除されたことにより、失効するにいたつた。

(四)、ついで原、被告は売主となつて昭和三九年五月一二日訴外袖山清に対し、右六筆の不動産から前記八六九番の土地を除いたその余の五筆の本件各不動産を、代金四〇〇〇万円の約定(ただし内金五〇〇万円は手付として契約締結日に、その余の代金三五〇〇万円は、袖山に対し所有権移転登記手続をなすのと同時にそれぞれ袖山からその支払を受ける旨の約定)で売却する旨の契約を締結し、その旨の契約書(乙第三号証)を作成するとともに、右契約書に特約条項として、(イ)、原、被告は右売買代金四〇〇〇万円を分配し、原告は五〇〇万円を、被告は三五〇〇万円をそれぞれ取得する。(ロ)、売主である原、被告は責任をもつて和解し、現在係属中の前記訴訟を取下げるとそれぞれ記載し、その旨の約定をした。

(五)、原被告はそのころ前記代物弁済の清算方法及びその内容につき話し合つたうえ、原告において右五〇〇万円を受領するほか、当時被告との間で係争中であつた前記八六九番の土地所有権を取得し、被告から右土地の所有権移転登記手続を受けた場合には、被告が袖山に対して本件各不動産につき前記売買による所有権移転登記手続をなし、これと同時に、袖山から前記三五〇〇万円を受領しても原告には格別の異議がなく、また原告において前記訴訟を取下げる旨の和解契約を締結した。

(六)、原告は昭和三九年六月二日被告を通じて袖山から前記五〇〇万円を受領し、かつ同月四日に被告から八六九番の土地について同月二日付売買を原因とする所有権移転登記手続を受けることになつたので(同月四日被告から原告に対し右所有権移転登記が経由された事実は当事者間に争いがない)、被告との間の前記和解契約に基づいて同月三日前記訴訟を取下げた。

(七)、しかし、原、被告と袖山との間に締結された前記売買契約はその後同人の代金不払により解除されるにいたつた。

2、以上認定の事実によると、原、被告は、袖山との間で右六筆の土地に対する売買契約を締結し、原、被告間の前記代物弁済が有効なものと信用していたので、袖山から売買代金全額を取得しうることを前提として、これを原、被告間で分配するとともに、前記八六九番の土地は原告の所有と定めること等を内容とする和解契約を締結したことが明らかである。

しかし、右六筆の土地に対する代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約は前記のとおり無効であつて、右六筆の土地の一部である本件各不動産は依然原告の所有に属していたものというべきところ、右和解契約が、被告において原告の所有にかかる本件各不動産の所有権をも取得することを内容としていた事実については、本件において、これを認めるに足りる証拠はないから、被告は右和解契約によつて本件各不動産の所有権を取得したものということはできない。

なお、前記1認定の事実関係によると、原、被告は袖山から売買代金全額を取得しうることを解除条件として右和解契約を締結したところ、その後同人との間の売買契約は解除され、同人から売買代金全額を取得しえなくなつたことが明らかであるから、これによつて、右和解契約は、その効力を失うにいたつたものというべきである。

六、以上の次第で原、被告間で締結された前記六筆の土地に対する代物弁済予約およびこれに基づく代物弁済契約は前記のとおり無効であつて、本件各不動産は依然原告の所有に属していたのであるから、(イ)被告は原告に対し、右代物弁済予約を原因としてなされた原告主張の所有権移転請求権保全の仮登記および右代物弁済契約を原因としてなされた原告主張の所有権移転登記を、(ロ)引受参加人ら三名は原告に対し、原告主張の所有権移転請求権保全のためになされた仮登記および売買契約を原因としてなされた所有権移転登記を、(ハ)引受参加人樽井広満、同西戸芳一は原告主張の所有権移転請求権の譲渡を原因としてなされた右請求権移転登記をそれぞれ抹消する義務がある。

七、よつて、原告の本訴請求はすべて正当として認容し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹 名越昭彦 高田泰治)

(別紙)物件目録

(一) 柏原市旭ケ丘二丁目三七五番

一、山林 五九五〇平方メートル

(二) 同所三七七番

一、山林 二四七九平方メートル

(三) 同所三七八番

一、山林 一一九〇平方メートル

(四) 同所三五九番の四

一、山林 一〇五一平方メートル

(五) 柏原市円明町三七九番の一

一、山林 一四八七平方メートル

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